天上の海・掌中の星

    “真昼の漆黒・暗夜の虹” 〜幕間
 




          



 もうすぐ当日、本番の差し迫っている文化祭で披露する寸劇の練習があって、このところはずっと遅くまで学校に居残っているルフィであり。そんな彼を間近で見守るために、以前の騒動の時などにも助っ人として招かれた天聖界の人間が二人ほど、再び招かれている。一人はゾロと同じ破邪の たしぎという女性、もう一人はその彼女を補佐しているビビというやはり若々しい女性であり、ルフィが気負わないようにと彼女らを身近に配置し、もう少し大外回りにも何名か、腕の立つ結界術師の精鋭たちを招いてある。表向きは非常勤講師としてV高校に出入りしているビビと、さりげなく敷地内に潜伏しているたしぎに、間近の護衛を任せるようになって早や半月。
「ビビってモテるんだぜ? ガッコでも休み時間とか色んな生徒やセンセに声かけられまくってるしさ。」
 腰まである長い髪を…今は術で明るい褐色に見えるよう染めていて、すらりとした若々しい肢体に、どこかノーブルで凛とした面差しと品のある物言い。今は故意に存在感を強調してもいるがため、そういった容姿の特徴と相俟って余計な人々からの注目まで集めてしまっている始末だが、
『ルフィくん本人が既に注目を集めている子でしたね。』
 目に付かないところでこそこそと手を出されないよう、目立つ存在が傍らにいた方がと思って前面に押し出した“存在感”という要素だったのに、あまり意味をなさなかったですねと、苦笑していた彼女であり。そんな人気者の先生と行き帰りが一緒という、皆さん曰く“幸せもの”なルフィ坊や。扉前までという厳戒態勢なお見送りを受けての帰宅をし、天聖界でもナバーワンシェフだという聖封殿特製の、飛びっきりに美味しい夕餉を食べて、さて。
「ぞ〜ろvv
 一日中離れてるのは詰まらないのか、学校のある日は殊更に、ぎゅむと抱きついてくる甘えん坊。坊やが食事をしているその間は、リビングのソファーで何をするでなく夕刊なんぞ広げていたりするゾロで。いつもだったら自分がお給仕についていたものが、代理がいるからと免除されてもう久しくなったればのことながら、そんな仕儀になったことが坊やの側でも少々詰まらないのか、
「ん〜〜〜。」
「こらこら、グリグリしない。」
 潜り込んだ懐ろの深みへ丸ぁるいおでこを押しつけてくる愛らしい甘えっぷりに、少々たじろいで見せる破邪さんの押されようがまた、何とも言えぬ甘やかな戸惑いにどっぷりと浸かったお声に聞こえて。

  “何〜に やっとんだか。”

 キッチンの流しの前にて、堪え切れない苦笑が浮かんでしようがない聖封さんだったりもするのだが。ここからは彼らのプライベートなお時間でもある。

  「そんじゃ、俺は帰るからな。」
  「おお。」
  「晩ご飯、ホントに御馳走さんだったぞvv

 にっかと笑って…宙へとその身を吸い込ませつつの“おやすみバイバイ”。そんな場合じゃないと言うなかれ。いざという時に、自分たちの中でもっとも凄腕な人物が一緒なのだ。だから、こっちは外回りに待機して周囲への注意を配っていた方が効率もいい。それに、勘違いをしてはいけない。ルフィは罪人ではない。守られるべき対象には違いないが、その身の無事安全だけではなく、彼の人格、権利も守られねば意味がない。………という訳で、気を利かせて退去して下さった後には、存分に甘えて下さいと言わんばかりの、静けさが残り。暖かくて 精悍な匂いのする、じゃれつき甲斐たっぷりの頼もしい懐ろに頬を埋めたまま、お膝抱っこを堪能する坊やだったりするのだが。

  「…ルフィ。」

 大好きな大きな手。ルフィの頭をひょいっと全部、掴み切れるほど大きいそれが、ゆっくりゆっくり髪を梳いてくれていて。地肌まで触れる指先の感触の暖かさにうっとりしながら、それでも顎を上げて“ふにゃ?”と応じると、

  「随分、無理してるんじゃないのか?」

 いやに短い一言が耳元へとすべり込んで来た。回りくどい言い回しが元から得意ではないゾロだし、それに…場合が場合だというのはルフィの側だって判っていること。こんな風に甘えて見せているのに、すっかりと凭れかかって弛緩し切っているというのに、そんな身へと掛けられたからには…今現在の状態への直接的な言葉ではなかろうことはすぐにも分かって。
「大丈夫。平気だもん。」
 再び、大好きな胸元へ、頬をすりすりと擦りつけながら応じると、
「…嘘をつくな。」
 くっきりとした深い声が、その頬を直に伝わってくる。髪を撫でてくれていた手は、そのままの位置で止まっていて。でも。気が逸れて止まったのではなく、そのまま軽く抱き締めようとしている途中、そんな添え方になっていると分かる。遊び半分に甘えて来たのへぞんざいに抱えてやっているのではなく、大切な温もりを、腕の中、包み込もうとしているゾロであり、
「………。」
「俺にまで嘘をつくな。」
 繰り返された言いように、叱るためのそれではなく…哀訴に近い響きを感じて。

  「…ホントは怖いよ。」

 ルフィは、自分の頬を尚のこと、相手の懐ろへと擦りつけた。
「だって、俺が狙われてるんでしょ? たまたまじゃなく、俺をって狙って。それに、まだ続きがあるんでしょう?」
 意識を失っていたって、それならそれなり、そんなことをして自分を乗っ取ることの出来るような存在に、今度こそ…永遠にその意識を封じられるようなことへと運んだら? 陰体というのは肉体を持たない存在だから、乗っ取られたまま長くいると しまいには意識までもが融合しかねない。そんなことになってしまったらと思うと、怖くない筈はない事態なのだが、

  「…でもサ。」

 と。ルフィは顔を上げる。間近から見上げる、破邪精霊さんの精悍なお顔。鋭角的で野性味にあふれてて。武骨っていうのかな、男臭いばっかで、切れ上がってる目線が少しでもキツクなると、睨まれてるみたいで怖いくらいなんだけれど。表情が薄い真顔になると、怒ってるみたいで、やっぱり怖いんだけれど。翡翠の色に透き通った眸が、あのね、ちょっとだけ揺れている。人にあんな訊き方しといて、ゾロの方だって俺んことへ何か…無理してるくせに。そんな風に思えたから…だからサ、

  「俺も頑張らなきゃなって思ったんだもん。」

 守られてばっかじゃ、何か情けないしさ。と言ってもゾロとかサンジとかみたいな特別な力はないから、気の持ちようだけでも…サ。そう言って“えへへvv”と笑って見せたのに。

  「俺が…二の足踏んだの、聞いたんだな。」
  「………。」

 見透かされて…息を飲む。直接言われた訳じゃない。でも、いつも以上に“しゃんとしな”とか“お前がしっかりしねぇと”とか、あの晩は特にさんざん言い続けてたサンジだったから。それで何となく…どこかで弱気を見せたゾロなんだって気がついた。

  『頼むから。お前、こっち方面での考えなしは辞めてくれ。』

 いつだったか、そんなに遠くはない話。昨年の夏前だったかに、ルフィが勝手に結界から出てしまい、そこへ躍りかかった鳥妖に危うく啄
ついばまれてしまうところだったという一件があって。その時も、ゾロはしっかりと駆けつけて守ってくれたけれど。あまりに微妙な到着だったらしくて、すっかり血相を変えており、もしかして震えていたんじゃないかというほどに取り乱していたのを思い出した。頼むから無茶はするなと、眞まことの名で自分を呼んでくれと。間に合わないなんて情けない事情で大切なルフィを失ってしまったら、俺はどうしたらいいんだと、そんな風にゾロから掻き口説かれたのを、まざまざと思い出したから。

  「俺のこと、大事にしてくれたからだろ?」

 大事に思うあまりなことならば、それは…どんな場合の誰にだって仕方がないこと。邪険に思って振り切った訳ではない、せいせいするとばかりに見捨てた訳じゃない。他でもない自分のその手でルフィを傷つけはしないか、一刀両断にした疾風斬の巻き添えにしないか。それを恐れたゾロなのだろうと判るから…と、言いつのったルフィだったが、
「そんなのは“ホント”じゃない。大切を間違えてる。」
「…?」
 何だか妙な言いようになったことへ、他でもない自身で気づいて、どう言えばいいのかと短い髪の載った頭をごりごりと掻いて見せるゾロであり。
「及び腰になって、結果守れなかったら何にもならねぇ。サンジにさんざん説教されちまったぞ、けったくそ悪い。」
 ああもう。こんな時だけはあの野郎の弁舌だけを分けてほしくなるぜと、苛立たしげに眉を寄せ、

  「ゾロ…?」

 かっくりと小首を傾けて見上げてくる坊やを、きゅうとしゃにむに抱きしめる。いつだってお元気なルフィ。楽しいことが好きで、皆とわいわい楽しむのが大好き。今は想像さえ出来ないことだけれど、小さい頃に独りぼっちの辛さや切なさをイヤってほど味わっているから、尚のこと。寂しいのは嫌いだし、寂しい想いをしている子を放っておけない。いじめに遇
っていたのなら、きっとやり返してたと思うし、それが発展して“喧嘩仲間”って奴を一杯作ってたかもしれない。………けれど。それさえなかった独りぼっちを知っている。何もいないのに何かが見えると言ったり、何かがまとわりついてる気配がすることを、まだ子供なればこそ感じ取れる子も少なくはなく。そういうところを気味悪がられ、遠巻きにされてもいて。弟思いの兄が出来る限りはいつも一緒にいてくれたけれど、年が離れていたので学校に通っている間はずっとずっと独りぼっちで。日ごと夜ごと“怖いもの”に付け狙われ、人の中にあってもまた、居場所がないよな想いに押し潰されて。小さい頃から居たたまれない毎日を過ごしてたルフィ。
『オレんチ、あんま広くないけどサ。仲良くしような?』
 だからね。幼稚園に通うようになったと同時、おばさんトコに預けられて。そこで初めてのお友達が出来て。毎日が物凄く楽しくて楽しくて嬉しかった。そいで、誰かを嫌いになることが嫌いになった。いつも笑ってる人懐っこい子になった。自分にしか見えない存在にまで、寂しいんでしょう?って同情してしまうようになった。

  ――― そして…ゾロと出会って。

 そんなのは間違ってるぞって、そいつらには向かう場所があるんだから、甘やかしてないで送り出してやれって。お前に出来ないのなら俺がやってやるからって言って、それから。

 『怖かったろうに負担だったろうに
  馬鹿な奴だなって…ぎゅうってしてくれたのがね。
  凄く凄く嬉しかったんだよ?』

 泣いちゃうほど嬉しかったなんて、ウソップが友達になってくれた時以来だった。ああ、この人は全部判っててくれる人なんだって。判った上で、自分を守ってもくれる人なんだってことが、最初のうちはどういう意味だか分からないほど、あまりに幸せが多過ぎて。どんな怖い思いをして来たかも、どんな寂しいを抱えて来たかも判ってくれて、そんな上で守ってくれる。ちょっとぶっきらぼうで取っ付きにくいお兄さんだけど、そこがまた頼もしいしカッコよくってサ。嬉しすぎて目が回りそうになったほどで、大好きになるのにもそんなに時間は要らなくて…。ゾロの方はお仕事で傍らにいてくれてるんだってこと、把握し直すのに時間かかったくらいだったし、それもネ、そうじゃないぞって、お前のことが好きだから、守りたいから、自分から此処にいるんだぞって言って。それから…ちうしてくれたのが、やっぱり過ぎるくらいに嬉しくて。

  『怖かったこと怖かったって形で思い出すのと同時くらいに、
   ゾロが助けてくれて嬉しかったとか凄げぇカッコ良かったってことが、
   あっと言う間に追いついてくるからさ。』

 天聖界の外れの亜空、邪妖に攫われ囚われの身となり、骨まで煮溶かす熔岩の坩堝
るつぼへ自ら身を投じた…というような怖い想いをさんざん体験したことさえも、掻き消してくれる英雄だからと、やっぱり“怖い”なんて言わなかった豪傑が、今回ばかりは“怖い”と洩らした。怖いけれど頑張ると、そんな表明をした。そんな痛々しいことを言わせた自分が情けないと、唇を噛みしめた翡翠眼の破邪殿、


  「………守るから。」


 抱きしめた小さな温もりへと堅く誓った。
「俺はこれまで“怖い”って感情を知らなかったが、こないだので重々身に染ませたからな。だから…。」
 傷つけたら…失ったらどうしようだなんて、そこまで気持ちが萎えた自分が信じられないし腹立たしい。知らなかった感情へと怯んだ自分。その痛さを重々覚えたこの上は、

  「今度こそ、性根いれて守るから。」

 柔らかな髪に指を差し入れ、そぉっと上げられた坊やのお顔に薄く笑って。負けるもんかよなと不敵な眸をする。自信に満ちた表情は常以上に頼もしく、
「…えと。///////
 強い意志のこもった眼差しに見据えられ、何となく…もじもじと視線を泳がせたルフィはといえば。小さな手を伸ばしてくると、そぉっと触れたのが………破邪殿の引き締まった頬の上。少しほど立った頬骨あたりからおとがいに向けて、そろりと撫で下ろす仕草に誘われて、

  「………。」

 自然に引き寄せられたか、それとも引き寄せたか。愛しい坊やの柔らかな口許に唇を重ねて、甘いおねだりにも応じた精霊様。サンジさんがお暇
いとましてからの会話で良かったねぇ………じゃなくて。姿なき脅威に向けて、二人で頑張って立ち向かおうねと、決意も新たに………うりうり・もそもそvvと破邪殿の懐ろへもぐり込み直す坊やだったりするのである。だ、大丈夫なんでしょうか、本当に。(苦笑)




  〜 to be continued.〜  04.10.05.〜10.18.

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  *ここまでは“状況先行”だったので、
   とりあえずは各キャラの心情と意志表明を。
   そのままの流れで山場の章へ突入しちゃおうかとも思っていたのですが、
   ワンクッション置いて。
   前回ちょ〜っと情けなかった破邪様に、
   しっかりと坊やを守るぞという覚悟を改めて結んでいただきました。

  *原作ルフィだったなら、
   詰まらないことへは“おっかねぇ”とか言ってても
   大それたことへほど…自然体のままにいて、
   “怖い”なんて思いもしなきゃ口にもしないと思います。
   でも、現代劇というシチュエーション下で
   いくら何でも…こんな事態の中核なんだぞって察したなら、
   しかも陰体とか何とか、よくよく理解している子なんだから
   多少は怖がって当然かと。
   頑張り屋さんな彼だから、我慢するかもしれないけれど、
   こっち方面のそんな我慢は要らない身にするために傍らにいるんだろうが、
   しっかりしないか破邪様…ということで、
   自分で自分へ喝を入れていただきましたです。
   その割に…何か妙な締めになって すんませんです。
(うう…。)